黒木千春のMy history

黒木千春のMy history

幼少期から芸の道へ進み、東京で女優・演歌歌手として活動する日々をお伝えしていきます。

     

宮崎県西都市出身 。東京在住。

幼少期より、民謡、日本舞踊など日本の伝統芸能に関わる。

2010年 演歌歌手(黒木姉妹)としてメジャーデビューし、現在は女優としても東京を拠点に活動している。

芸の道を歩みはじめた日!

私が芸の道を歩みはじめたのは3歳の時。

日本舞踊の世界が始まりでした。

初めての発表会では泣きながらイヤイヤいいながらもステージに立ち、気づけば発表会が待ち遠しくなるくらい人の前でパフォーマンスをする事が楽しくなっていました。

ステージから見えるお客様の目はキラキラ輝いており、笑顔で拍手をしてくださる。

子供ながらに、それが嬉しくてたまりませんでした。

厳しい稽古の先に見えたもの!

日本舞踊、民謡、ピアノ、お習字と1週間習い事の日々。小学生の時は授業を終え、ランドセルを背負って家路とは逆方向へ向かいお稽古へ。

夏休みもほぼ毎日、民謡教室。夏休みの友(宿題)を持ってお稽古へ。

朝から師匠達と山や川、時には海へ行って潮風で喉を鍛えながら歌う。仰向けになり20キロの砂袋をお腹にのせ、足を少しあげて3分間腹筋を鍛える。

お稽古は甘いものではありませんでしたが、民謡の師匠や奥様は家族みたいに接してくださり、練習する時はきちんと練習し、遊ぶ時は思いっきり遊ばせてくださり、楽しい環境にありました。

今でも「民謡のお父さん、お母さん」と呼んでいます。

歌が大好きで、大好きで、大好きで、そんな中、人生初の「挫折」が。。。

宮崎の大会で上位に入賞し念願の九州大会へ!

そんな念願の九州大会出場直前、喉にポリープがある事が発覚し、手術をするかしないか選択を求められ、手術をしたら大会は断念せねばならない、大会はなんとしてでも出たい!だけど、このまま歌い続けると喉を痛める。葛藤の中、くだした決断は大会出場でした。

その代わり、大会まではなるべく歌わない事と医師や師匠からも言われ、イメージトレーニングの日々、歌いたいのに歌えない、辛かった、悔しかった。大会直前の歌合わせの時までイメージトレーニングの日々。

結果は3位。悔しかったです。

結果よりも、万全な状態で挑めなかった事が何よりも悔しかった。

ただ、そこで学んだことがあります。

どんな状況でも最善を尽くし、「あきらめないこと」

希望のオーディション!

喉にポリープ、このまま歌い続けると喉には良くない、と悩んでいた頃にたまたま舞い込んできたのは、舞台「オズの魔法使い」ドロシー役の募集オーディションの情報でした。

以前から学校に劇団の方々が公演にきていた際、一緒にお芝居がしたく率先して舞台出演権を掴みにいくくらいお芝居にも興味があったので、母が持ってきた「オズの魔法使い」ドロシー役のオーディションを受けることにしました。

黒木千春

HP⇒黒木千春公式サイト

プロフィール⇒Kan promotion

Instagram⇒chiharukuroki_official